人気TV番組で紹介

 見えず、立てず、話もできない老婆が、衆人が見守る中で見えて、歩いて、しゃべり出す、そんな一部始終をテレビで放映した。これは私が作った周昌院の効果を紹介するものだった。
 日本テレビ系列の夜の人気番組に、歌詞のないコーラスでダバダダバダバ・・・のタイトル音楽で始る11(イレブン)PMがあった。
 放送は月曜日から金曜日までの11時20分から一時間で、火曜日と木曜日は大阪よみうりテレビが制作し放映していた。
 昭和55年12月25日木曜日の11PMは、1567回目で大阪よみうりテレビ制作「奇跡か魔術か?驚異の難病治療法一挙公開」であった。

 放映の五日前、11PMのスタッフが豊川の周昌院事務所へ取材に来た。取材を受ける当方は特別に改まった準備はせず、私の日常の風景を撮ってもらった。
 周昌院事務所に着いた取材スタッフは、ウサギ小屋同然の建物に入るのを躊躇していたが、乗りかかった船だから毒食わば皿までと私は機材の搬入を促した。
 ちょうどそこにライトバンに布団を敷いて寝かせ、大阪から来た84才の女性が到着し、息子が抱いて事務所に入った。
 歩けないその上に白内障で目が悪く、酷い言語障害でダァダァダーとしか発声できず、家人でも嫁しか言うことが理解できない。
 撮影の準備を始ると、狭い六畳二間に、五人もの取材班が入って足の踏み場もなく、早く帰すしかない。
 そこで私は「この人の目が見え、話が出来て、歩けたら帰って貰えますか」と聞くと、ディレクターの藤沢國彦氏は「それが撮れたら何も要らん、すぐ帰る」と答えた。


 順番を繰上げ、大阪の老婆から始めた。畳の上に足を投出して座らせ、付添役の嫁が後から支えた。話が出来なくては意思の疎通もままならない。そこで、まず両腕にある言語障害のツホに手を着けた。
 次は足だった。すると付添が「手を離しても倒れない」と驚き、患者とごく普通に話し始めた。
 目に移って、視力が少し残る目を手で覆わせ、見えないはずの目で私の顔が見えますかと聞くと「へぇ、先生の顔がよう見えます」と答えたが、言語障害が治って話しているのに、当人も周囲の者も治ったと気づかない。
 一通りの手当が終ったと告げると、「ありがとう」と言ったので「さっきからしゃべっているじゃない」と教えてやった。
 自力ですっくと立上がって歩き出し、「歩きいい」と言うと順番待の患者から拍手がおこり、事務所に入るまで馬鹿にしきっていた取材班の態度は一変した。
 昼食のため座を移し、取材スタッフと話はじめると、カメラマンが 「俺、まだ夢見てるのやろか」と呟いた。
 世界中の変わったものや珍しいものを取材してきたが、今日のものは次元が違う「これは夢ではないか。夢よ覚めないでくれと祈りながらカメラを回したけど、こんな経験はじめてだよ。まだ夢見てるのではないかと思っている」と言った。
 ディレクターも「これで目玉が出来た」と上機嫌で、鰻重を頬張っていた。

 放送当日は夜八時に出演者の打合せがあり、九時からリハーサルで、司会は人気作家の藤本義一氏だった。出演者の多くは吉本喜劇のメンバーだった。
 私のほかにもいくつかの療法を紹介したが、他の出演者は前座扱いで気の毒なほどおざなりだった。
 ディレクターの要望で、ナマで周昌院の即効性を見せたいから、痛いとこや具合の悪いところがある者はないかと、出演者の中から体験希望者を募ったが誰もが逃げた。やむなく私の提案で処置前と処置後の声の変化で較ることにした。

 本番で、老婆が瞬く間に見える話す歩く有様をビデオで紹介すると、藤本義一氏は、「付添が支えないと倒れますと言っていたのに、あんなによくなっても、『あーよかった』とただ一言しか言わないのは変だ。もっと感動したり喜んでもよさそうなものだ」と、穏やかな口調ではあったが怪訝だった。
 タレントに声の変化を試したとき、「アーと言ってください」と頼んで、喉に一瞬の「おまじない」程度のことを施した後で、もう一度アーと言って貰うと、ふざけてわざとだみ声を出して笑いを取る幼稚なタレントばかりで、目的は達せられなかった。
 放送が終了し玄関の受付に寄ると、周昌院事務所の電話番号の問合せが殺到し、明日からの混乱が予想された。

 問合せや訪問者は全国的だった。その中で腑に落ちなかったのは、痔の話は放送中に全くなかったが、広島から来た患者が目立って多く、その殆どが痔だった。患者の一人にそのことを尋ると、意外な返事が返ってきた。
 放送終了と同時に、タレントの一人がスタジオの中を大声で走回り、「本番前に、伊藤先生に手首の痔のツボにやってもろたんや。治っちゃった」と飛上がらんばかりの喜びようだったと。またカメラもマイクも、その有様を逃さなかったという。
 終了と同時にスタジオを後にした私には、そんなことがあったとは知る由もなかった。
 今日の設備ならコンピューターでスイッチの切替をするのだろうが、当時は人の手で切替ており、広島地区のテレビ局だけが切替ミスで、その様子の全部を放映した。
 本番中には眉に唾をつけていた広島の視聴者も、予期せぬ事態に改めて周昌院は本物だと確信したと言う。
 また長唄やカラオケの先生など、声を出す職業の人も多く、「タレントさんはふざけて悪声を出しても、地声がよくなったことまでは隠せません」と即効性を認めていた。
 周昌院の即効性と効く確率の高さには自信があり、11PMへの出演依頼があったとき、本番中に即効性と効き目の鮮やかさを披露しようとした。
 それが本番中のタレントの声が一瞬で変るものだったが、彼らはディレクターの目的が理解できず、その試は失敗したかに思われた。
 しかし、放送終了を待って痔が治ったと狂喜する姿が、図らずも広島地区だけに流され、かろうじて名誉挽回が出来た。
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