医学の進歩

 平成元年二月、上記のタイトルで、ソニーの創立者・井深さんに講演を頼まれた。聴衆はソニーの生命情報研究所の面々で、講演要旨は次のようなものだった。

 医学の急速な進歩で・・・と呪文のような言葉にしばしば出くわすが、何がどのように進歩したのかさっぱり分らない。
 臓器移植は外科の進歩ではなく、抗生物質の出現で化膿の虞がなくなり、どんな大手術も出来るようになったまでのこと。手術の腕なら、戦前の医者の方が上手かった。
 たとえ移植に成功しても、拒絶反応抑止と免疫力低下の兼合いで、医者も苦労し患者も生きている限り肉体的苦痛を味う。
 そもそも拒絶反応と免疫力は二律背反で、外科以外の医者は口を揃えて、外科は患者をおもちゃにしていると言う。
 人工透析は、物理屋さんのお陰で透析可能なフィルターができて、腎臓の代用ができるだけで、物理、化学、コンピューターなどの進歩の結果であり、医学の進歩とは言えない。
 本当に医学的に解決していれば、一時的に人工腎臓の世話になっても、腎機能の回復が進めば自力で生活できるはずだがそれはできない。ここでも医学は進歩していない。 ペースメーカーもまた然り。あれも電気屋の産物だ。

 だから、初心に返って考えないと、進路を誤ることになる。それには300年前の世界に身を置いたと仮定して考えれば、その時代が医学に何を期待していたか分る。答は簡単で、伝染病と肺炎が克服できればその当時の夢は全部叶えられたのだ。
 その夢が、ペニシリンやストレプトマイシンの登場で一挙に叶えられた。それどころか、どんな大がかりな手術でも、化膿の心配はなくなった。
 ペニシリンのない時代は、盲腸の手術でさえ「死んでも異存はありません」との同意書を、親族に書かせたうえ捺印させた。たとえ手術は上手くできても、雑菌の感染で腹膜炎になれば万事休すである。

 ここまで話をすると、突然に井深さんが立ち上がって発言を求め、「いいか、聞いたか。西洋医学は伝染病を治すための学問だ、伝染病が治るようになった今は、西洋医学の歴史的使命は終ったんだ」と言うと、我が意を得たりとばかりに着席した。

 200年ほど前に顕微鏡ができ、伝染病の原因は病原菌だと分った。コレラ、ペスト、チフス、結核、癩、肺炎、性病などは、病原菌で発病すると判った。
 その対策として衛生思想がたかまり、上下水道の整備がなされた。それまでの欧州は道路は狭く、二階三階から汚物を道に投捨てた。外出時にフードのついた上着を着用するのは、汚物よけのためだった。
 映画「第三の男」の巨大な下水道に、西洋はすごいと単純に驚いたが、あれは伝染病対策施設だった。
 オランダ船やペリーは、日本の道幅の広さ(いまも残っている旧東海道がそれ)や清潔な町、整然と左側を歩く(鞘当を避る)マナーのよさに驚嘆した。

 どんなに環境整備がなされても、それで病原菌が死滅したわけではない。昭和20年になりペニシリンが登場して、医学は大進歩を遂げたかにみえた。しかし、まもなく耐性の壁に阻まれ、新薬開発と耐性のいたちごっこが始った。
 つまり、西洋医学は伝染病対策で、その他の病気に対しては無力に等しい。
 医学の急速な進歩と言っても、それは顕微鏡とペニシリンの登場だけなのだ。それがあまりにも劇的であったため、今日に至るも「医学の進歩・・・」と言っている。

 余談になるが、講演料にポケットマネーから20万円もいただいた。会社の経費を使わないところが、明治生れの人らしい。それに、トランジスタラジオとパスポートサイズのビデオカメラも。ビデオカメラは、以後の業務連絡に重宝した。

 数ある伝染病の中で天然痘だけは例外で、とうとう地上から完全に消滅した。この恩恵はジェンナーの種痘のお陰であり、天然痘は地上から消滅した。免疫療法の勝利である。
 結核菌の発見者コッホ以下の研究者も、ジェンナーに続けとばかりに結核ワクチンの開発に立向ったが、連戦連敗、死屍累々で、免疫療法は学問研究の主流から遠ざけられた。
 丸山ワクチンが出来て分ったことだが、コッホ以来誰もがワクチン作りに生理的食塩水を使っていたことに失敗の原因があったと思う。現在も、ワクチン作りに生理的食塩水を用いるのが常識である。もし真水を使っていたら、おそらく医学史は全く別の眩しい光を放っているだろう。入口をちょっと違えただけなのに。

 顕微鏡とペニシリンの福音があまりにも衝撃的だったため、もっと細かく調べようと電子顕微鏡、電気泳動法、遺伝子操作と細分化に邁進し、ナノテクノロジーだと持て囃す。
 それでどんなに細かいことが観察できても、これでは外敵が原因の病気しか治せない。エイズは厄介な病気ではあるが、外敵があるから間もなく簡単に治せるだろう。
 完全な骨髄適合者があっても、治るのは急性白血病のそれも一部の者だけで、慢性白血病には全く歯が立たないと、癌の病理に明るい川崎医大の木本哲夫教授に教った。
 夢の万能薬と期待されたインターフェロンも、癌には効かず嘔吐、発熱や脱毛の副作用だけが一人前で、辛じて残った適応症はB型とC型肝炎だけ。それも強い副作用つきで。
 B型でもC型の肝炎でも、肝硬変や肝臓癌でも、丸山ワクチンで治っているのに。
 不妊治療の成功率は5%。ここで専門家の先生のコメント、15とも20%とも言はれています。でも本当は5%かもと。受精率、受胎率、出生率のどれを採るかで数字は変わる。
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